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宍粟市 西播磨の豊かな食材を使ったジビエ食堂を!!

従来から、夫婦二人の趣味であった「狩猟」をするために、明石から1時間半程度の時間をかけて、猟期中の週末ごとに猟場である山崎町に来ていました。

鹿や猪による農林業被害が大きくなり、宍粟市でも有害鳥獣駆除が行われることとなった際に、私たちも駆除要員としていただき、ほぼ通年で週末毎に山崎町に来ることとなり、「山崎町に住もう!」と移住を決意しました。

移住を決めたからには、家庭栽培レベルのものでも自分で育てた野菜を食べたいと有機農業教室で野菜作りを学んだり、山崎町に住むからには毎日山に入る生活をしたいと自分達で獲った鹿を加工する等、趣味を仕事とするためにはどうすれば良いかと考え、準備も進めていました。

私たちが思っていた場所よりも少し都会すぎるくらいの現在の家が見つかるまで約3年かかりましたが、子供が小学校に上がるタイミングの移住となり、良かったと思っています。現在は鹿肉加工施設を敷地内に建設し、畑では野菜を栽培し、猟犬も飼って、少しずつですが自分たちのやりたいことを形にしていく喜びを感じ、近隣の方々にも助けていただきながら、楽しく毎日を過ごしています。

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佐用町 晴耕雨読と米作りに憧れて

会社勤めの時から田舎で暮らしたい。そこで自分が作ったお米を食べてみたいという願いと晴耕雨読という静かな生活に憧れておりました。そして、自分自身を消費者サイドではなく、生産者サイドにおきたい気持ちがあり退職後は自然農の勉強のために赤目にある川口先生の「赤目自然農塾」に通い準備してきました。

移住先については、和歌山、奈良、そして沖縄まで対象にした空き家探しをしましたが、月刊誌「田舎暮らしの本」から佐用町に参りました。一目見た瞬間〝これだ″と直感し、劇的な出会いとなりました。移住後は地域との交流を不安視される方がありますが、私は覚悟の上で移住を決めたので無理に溶け込む努力はしておりません。覚悟と年相応の鷹揚さと強靭さを持っており不安は皆無でした。

芦屋時代は、5年で10名ほどの知人しかできなかったが、佐用町に来て100名以上、カレー屋を開業した今は200名以上にもなりその人の価値観次第で、面倒、うるさいと感じる人もいるかも知れませんが、人それぞれの考え方、生き方の問題だと思い、私たちは「金持ち」より「人持ち」が財産だと考えて「田舎暮らし」を満喫しております。この静かな環境、満点の星空、四季折々の素敵で豊かな移ろい、食事の半分以上が自分で作り整う環境、これだけでも価値観は無限大です。カレー屋を始めてから4年目に入りますが、今後は修理中の古民家の魅力を活かして各種ミーティング、懇親会、教室の場にご利用いただいたり、将来は民泊などへの利用も検討しております。また、「ドッグラン」も完成させて一層魅力あるカレー屋「道満」にしたいと考えております。

今は毎日が多忙で会社時代と違って時間が足りませんが、苦痛ではなく、むしろ楽しく幸せな日々を送っております。私の移住経験から移住を検討されている方には一日でも早く決断されることをお奨めします。体力のあるうちに、ゆとりを持って「田舎暮らし」を楽しまれた方がベストであると思うからです。一番大切なことはパートナーの理解と協力は欠かせない必須条件であることを最後に付け加えてメッセージとし、是非、「西播磨暮らし」を満喫してください。

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たつの市 抜群の子育て環境に大満足

「子育ても仕事もノビノビ楽しんでいます」

平成28年3月に、一家で東京から移住してきました。私は英国出身、妻は大阪出身で、共に東京で忙しく働いていました。家族間で「定年後は田舎でのんびり暮らしたい!!」を合言葉に生活していましたが、子供が生まれてからは東京での生活が息苦しくて、移住計画を何十年か前倒ししました。家の周囲には溢れんばかりの大自然があり、子供たちをノビノビと育てたいと思っていた私たちには、大満足の環境です。周囲の方々もびっくりするほどいい人ばかりで、私たちの移住を大歓迎してくれました。子供たちも周囲の環境にすっかりと馴染んでいますし、移住して本当に良かったと思います。今後はこれまでのキャリアを生かした国際マーケティング分野でのコンサルティング会社を経営しつつ、イクメン業にも力を注ぎ、田舎暮らしを満喫したいと思います。

末松さんイメージ写真

赤穂市 ゆったりとした時の流れを楽しむ

福岡在住でしたが、長女が兵庫県西宮に嫁いだことが大きな要因で、2人が60才を過ぎた頃から真剣に老後の生活を考え始めました。長女の嫁ぎ先とも相談し、お互い比較的楽に行き来できるJR沿線が良いのではということになり、長女を訪ねた折に候補地を見て回りました。
年配になると、病院、買い物、駅が近いというのが理想になります。家を探す時も、駅から徒歩15分~20分範囲内で考えました。最終的に残ったのは2市でしたが、赤穂市は全てが駅を中心に近場に揃っているのと、比較的広い土地があったので決めました。家の脇には畑も作っていて、毎日1~2時間は畑に出ていますよ。孫が遊びに来るときも、虫が飛んでくる環境があるというのは良いと思います。何より無農薬野菜が食べられるのが一番ですね。ご近所も畑をしている方が多いので、野菜の作り方を教えてもらったりお裾分けをもらったり、本当に親切にしてもらっています。
観光で来た時には、まず駅から降りてみて、「町が綺麗。」と思いました。住んでも町が落ち着いていて静か、町並みも綺麗ですね。赤穂には大きなビルが少なく、星、月、空気が綺麗…。以前住んでいた所は交通量が激しかったので、赤穂は市内中心部でも車の量が少ないし本当に静かなまち。治安が良いのも安心して住むのに重要ですね。
移住後は、畑作業や孫の所に時々行ったり楽しく生活しています。天気の良い日には花岳寺やお城通りに自転車で行きますよ。妻は千種川沿いのサイクリングロードを通っていたことがありましたが、蟹が道を歩いていたり…、ここは山・海・川ありで良いところですね。市街地が平坦で自転車の移動が楽なのも助かっています。駅から15分のコンパスの中に、大概の必要な施設が入っており、年配になっても自立して生活できる町です。
近隣の皆さんは丁寧で、福岡から引っ越して1ヶ月ぐらいの時には郵便配達の方や宅配便の配達の方々から「ご不便は無いですか?」「慣れましたか?」と気遣ってもらっています。福岡にいるときはまず無かった経験で嬉しかったです。周囲には子育て世代も多く住み賑やかな場所ですが、近所の若いお母さんや、子どもさんたちも礼儀正しくて親切です。
赤穂市で戸惑ったのは、まちの人が何事につけゆったりしていること。福岡にいるときは「すぐに対処しますよ!」たったったっと物事が進むけれど、赤穂ではお店や銀行、役所などでもゆっくりゆっくり時間が流れていきます。それは、話し方にも現れていて「そうやね~」というように語尾を伸ばすんですね。独特な時間が流れていると思います(笑)また、関西人には当然かもしれませんが、敬語が使われないのに苦労するかも(笑)食物では玄界灘で取れた大きな魚を見慣れていたもので、瀬戸内の魚が小ぶりで驚きました。大振な魚が恋しくて、日生(赤穂市に隣接した岡山県の町)の海の駅まで買いに行ったり、明石や福井県まで足を伸ばしています。そんなことが出来るのも、日生までは車で30分、JR播州赤穂駅が近くにあり交通に困らないからですね。電車の本数が1時間にもう1本増えれば、通勤の方にももっと定住先として考えてもらえるのではないでしょうか。

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上郡町 「上郡町に移り住んで」

家と家の隙間が1メートルしかない東京の住宅地。アスファルトに覆われた道路は夜中も車が行き交い、夏は特有の蒸し暑さの中で暮らしていた。

十数年前、友人の住む地方で完熟トマトを食べ、その美味しさにびっくりした。本当の豊かさは採れたての野菜を食べられる暮らしではないかと痛感した。子供が育ち、仕事を辞めたら土や畑のある暮らしをしたいと願うようになつた。そして、東日本大震災。東京の交通は麻痺し、道路は車と歩く人で大渋滞。店頭から食品や水は消え失せた。

地方に移るのを早める決意をした。放射能汚染の少ない西日本で、標高が高く、水と空気がきれいで敷地内で自給自足の野菜を育てることができる畑がある家を探した。出会ったのが上郡の古民家。

リフォームして畑は手作りのボカシを使い、昔ながらの種から育てた農薬不使用の野菜を採ってすぐ料理できる。

近隣の方々も優しく、色々教えてくださる。鮎や筍など、美味しいものを頂くことも度々で、食いしん坊の我が家はその度に上郡に移ったことを喜んでいる。鹿よけの修理や公民館の草むしり等、地域の務めも自分が役にたっているかは疑問だが、楽しんでやれば面白い。

土や地域に根付く事を心がけ、楽しむ工夫をすれば都会では味わえない暮らしを満喫できる。最近は歩いてすぐの所に3反の畑も購入でき、念願のパン用小麦と大豆の自給自足を目指している。

公文(大西さん、中西さん)

宍粟市 「晴耕雨読」の響きに誘われて

この土地に来て、はや18年・・・・。

広い土地と清らかな水の流れる我が家の庭先にやってくる野鳥や小動物の姿に癒される毎日です。

そんな中で、自然素材の純石けん(川にも流せる)を作り始めて10数年。失敗を重ねながらも工房を開くまでになりました。

体力がすべての山奥暮らし。少しでも若いうちに始められて良かったと思う今日この頃です。

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たつの市 龍野の旧家でカフェを開業

Q1 西播磨暮らしを始められたきっかけは何ですか。?

 

兄弟で営んでいた洋菓子店から独立して、都会ではなく、むしろ地方で開業し「作りたてのケーキをゆっくり味わってもらえる店を」との"夢"を持っていたので、丹波や西播磨地区で機会あるごとに物件を探しておりました。ある日、タイミング良くたつの市内に旧家の空き家情報を知ることができました。早速、現地へ足を運んで物件を見るなり、環境といい、物件といい、幸運にも潜在的な建物の魅力にひかれて、即、決めることができました。

 

Q2 引っ越しを決意されてから、カフェ「朔」を開業されるまで、ご苦労されたことはありますか。?

 

デザート専門カフェ「朔」の青写真を描いていた自分の思いが、少しずつ形になっていく過程を見ていると、苦労というよりも、むしろ楽しいと感じる期間でしたので、開業に向けて特に苦労したという実感はありませんでした。今では、お客さんにとって最高の「くつろぎの時間」を提供したい、お客さんとの出会いを大切にしたい、そういう気持ちでいっぱいです。

 

Q3 西播磨暮らしはいかがですか。?

 

城下町として、歴史と文化が醸し出す景色、空気、全てにおいて満足しております。時には忙しい仕事から離れて"ふーっと"一息した瞬間に目に飛び込んでくる町並みに癒されます。また、地域の皆さんはとても温かく、親切で常に応援してくださり、本当にありがたく感謝の気持ちでいっぱいです。

 

Q4 西播磨暮らしをしてみたいと考えている人に、メッセージをお願いいたします。

 

誰でも最初は、慣れない土地での生活ですから、少なからず不安はあると思いますし、思い描いた通りに行かないかもしれません。しかし、どう西播磨暮らしを送るか、しっかりとした目標を持って挑むことが大切だと思います。自ら行動を起こすことで"夢"が一歩一歩近づいてきます。そのためには多少の時間をつぎ込んで足を運び五感で確かめることが、後で後悔しない一番大事なことです。そうすることで、きっと素晴らしい人生になると思います。

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上郡町 豊かな自然に囲まれて

Q1 西播磨暮らしを始められたきっかけは何ですか?

 

主人が定年になったら、山の中で定住したいのが夫婦共有の夢でした。インターネットや田舎暮らしの本で、全国いろいろなところを探していましたが、親戚など全くいない見知らぬ土地に大阪からやってきました。私は押し花教室をしたくて、苗木をたくさん植えられる静かな緑多い山荘を見つけました。

 

Q2 引っ越しを決意されてから西播磨でアトリエを開かれるまで、ご苦労されたことはありますか?

 

大阪から右も左もわからないこの土地にきて当初は苦労しました。ブログやHPを立ち上げたり、教育委員会の学校ボランティアに登録して活動したり、地元の方々と交流したりして、町の文化活動のお仕事をさせて頂くことになり、公民館等で押し花やポーセラーツ教室をしております。自宅でも教室をしたり、カルチャーなど、人から人に口コミで広げていただきました。

 

Q3 西播磨暮らしはいかがですか?

 

豊かな自然に囲まれて、緑多いこの地が大好きです。朝、鳥の声で目が覚め、四季を身体で感じ、風に季節を感じます。つかめそうな夜空の星を見ながら、夕焼けに染まる空を眺めながら幸せを感じます。

上郡の人たちは、暖かくて閉鎖的なところがなく、お米は美味しいし、地元で採れるお野菜は新鮮で、リーズナブルな価格で毎日リゾート気分でゆったりと暮らしています。

 

Q4西播磨暮らしをしてみたいと考えている人に、メッセージをお願いいたします。

 

最初、大阪から来たときは不安もありましたが、町に出るとスーパーが何か所もあって日常生活に支障はないです。第二の人生を自然に囲まれ、人の温もりのある上郡町へどうぞおいでませ。

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赤穂市 赤穂市に住んでみて

Q1 西播磨暮らしを始められたきっかけは何ですか?
主人とは職場で知り合った中です。赤穂市に住む以前の3年間は職場近くの町に住んでおりました。家を建てると考え出したときは、主人の職場の近くが良いのか、私の実家の近くが良いのかと迷いましたが、私の実家に近いほうが何かと便利ではないかと思い赤穂市に決めました。また、長男が幼稚園に入る前に住居を決めたいと思っていたので、生活環境としては近くに幼稚園も小学校もそろっているし、さらに、主人の通勤に山陽自動車道赤穂ICを利用すると30分ほどで通えるという便利さも決定の大きな理由の一つでした。

Q2 赤穂市の子育て環境はどうですか?
私は高校を卒業するまでずっと赤穂市で育ちましたし、主人とも私の実家に帰っていたので、赤穂市のことはよく知っていたつもりでした。実際に赤穂に帰ってきてからは、子育てに専念している私にとっては、近くに子供を連れていける場所が沢山あると実感しております。天気の良い日は、ベビーカーに二人乗りさせて公園をはしごして遊ばせたり、また、近くには児童館をはじめ公共施設があるので子育てには非常に良い環境です。

Q3 西播磨暮らしはいかがですか?
赤穂市に来て中学3年生まで子供の医療費が無料なので驚きました。小さい子供がいますので、病院へ連れて行くたびに診察料と薬代がかかっておりましたが、今では安心です。赤穂市は総合病院が二つありますが、そのほかにも開業医が多くあるので非常に助かっております。日常の買い物は、徒歩圏内のスーパーのみで済み。電化製品などの店は商業エリア一か所に集まっているので欲しい物は市内で調達することができます。また、赤穂市は義士祭をはじめ各地域には祭りがあります。歴史や伝統文化の豊かな町として子育てにプラスとなりますので主人も十分満足しています。

Q4 西播磨暮らしをしてみたいと考えている人に、メッセージをお願いします。
赤穂市は医療機関が充実している上、子供の医療費が無料で妊産婦の検診時や出産時にも補助が出るなど、これから子供が生まれる家庭にとっては有難い町です。小さい子供でも駆け回らせられる公園が身近にあるので、子供にとっても親にとっても嬉しいですよ。また、山陽自動車道赤穂ICを利用すれば、意外と便利に通勤できるのも大きなメリットです。何より市内で日常必要な物が揃ってしまうので、気が付けば「赤穂市から出てない!」と言うぐらい便利で住みやすい町だと思います。

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宍粟市 故郷の自然に触れて

Q1 西播磨にUターンをしようと思われたきっかけは何ですか?
私たち福岡では団地生活、大阪ではマンション生活とコンクリートの中での生活が多かったので、定年を迎えるになって何処か田舎にて生活したいと、また、子供たちに自然のある田舎を残してやりたいと思っていました。
私たち二人とも田舎育ち(宍粟市一宮町・波賀町)なので故郷に近い所が良いと淡い期待をもって実家の兄に相談、市内の分譲地、空き家等を探してくれましたが適当な所もなく、実家の近くに田んぼがあるので、そこに家を建てたらと言ってくれたので、家内、子供たちと相談して決めました。

Q2 Uターンを決意されてから西播磨に住むまでに苦労されたことはありますか?
田舎の場所を見に来た時、兄から連絡をもらっていたが、実際ここに家を建てると本当に生活できるだろうかと不安もありました。
家内ともよく話し合い私の故郷ですので嬉しいのですが、しかし、家内は生活できるかと気にしました。でも家内の決断で実家の近くに家を建てることを決め兄に言いました。幸い兄が大工の仕事をしていましたので、自分の最後の仕事として建てると言ってくれました。
全面的に兄にまかせ、私たちは月1回程度大阪から帰ってきて兄からの報告を受けました。兄が土地の整地、行政への申請、建築に必要な材料の手配等工務店の役割をしてくれ、何か用事があるときは連絡があり、私はかえって来た時に建物の進捗状況を見る程度でした。ただ土地が国の整備された田んぼであるので申請から建てるまで約二年かかりました。

Q3 西播磨暮らしはいかがですか?
田舎の生活をし始めて思うことは、都会では感じなかった四季の移り変わりが目に見え、空気や水がおいしく何か身体に良い様に思います。
また、自分の育った土地に帰ってきて、幼なじみや同級生と顔を合わせる機会が増え昔にかえって懐かしく話す言葉も田舎まじりになり、私の望みであった野菜作り、家内はガーデニングも近所の人達かや年配の方達から教えてもらい勉強わしながら楽しく励んでいます。都会では味わえない人情味豊かな日々の生活をしています。

Q4 Uターンを含め、西播磨暮らしをしてみたいと考えている人にメッセージをお願いいたします。
若い時には生活に便利な都会生活に憧れて田舎を後にしましたが、都市を重ね定年まじかになると、何処か自然のある田舎でのんびりと生活をしてみたいと思う時があると思います。そう思われた時に、ここ宍粟市は大阪から車で1時間余りで来れます。ドライブがてら来て自分の目で確かめ住んでおられる人達と話をし何かを掴みまた、知人・親戚等があればその方達の意見を参考にされたらと思います。